2018年11月08日

11月常例 & 秋期永代経法要のご案内

11月9日、常例があります。
13:30からおつとめ、14:00頃から15:30頃まで、間に1回お休みをいただきながら、ご法話をいただきます。ご講師は、熊本の、源明龍師です。

11月22・23日、秋期永代経法要があります。
22日
 13:30〜 おつとめ ひきつづき ご法話
 (間に休憩をはさんで16:00ころ終了予定)
23日
 10:00〜 おつとめ ひきつづき ご法話
 12:00〜 お斎(おとき:昼食・おはぎなど)
 13:00〜 おつとめ ひきつづき ご法話
 (間に休憩をはさんで15:30ころ終了予定)
ご講師は
 空知南組 誓報寺(長沼町)ご住職 天野広海師です。

どうか皆さん誘い合って、先をあらそわんばかりに、ご参集ください。
【法座(報恩講・常例・永代経など)の最新記事】

2018年度報恩講 & 第11世住職継職奉告法要

2018年10月30・31日、報恩講が厳修されました。
また、10月31日の御満座終了後には、
第11世住職継職奉告法要が厳修されました。

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ご講師は、日高町・西広寺・豊田靖史師でした。30日のお昼から31日の午前中まで、一般の方々向けのご法話はもちろん、夜の座で献灯・献華してくれた こども会のこどもたちにも、わかりやすく楽しいお話をしてくださいました。ありがとうございます。

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報恩講、10月30日の夜、恒例の、「親鸞聖人を讃える夕べ」です。ゲームやビンゴで盛り上がりました。写真は、振ったサイコロの目の数だけ特産のタマネギがあたるコーナーです。ちぃちゃん、ありがとうございます。

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31日の朝。晴れました。

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退任住職の導師のもと、お正信偈の依教段をおつとめ。

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新任住職に導師を交代し、お正信偈の依釈段からおつとめ。

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多くの方々のご臨席をたまわりました。

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法要の後、会館に席を移し、祝賀会も開かれました。約140名。実行委員の方々が地域の会館などから椅子や机を借りてきてくださって、盛大に催されました。

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釧路から駆けつけてくださった所さんが三味線で盛り上げてくださいました。新坊守の両親も九州から来てくれました。ありがとうございます。もちろん一緒に踊りました。(写真は割愛いたします)

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住職たち、七条袈裟を着付けてこれから出番! というところで一枚。着付けは石狩・信教寺の石田さんがてきぱきとしてくださいました。胸元の「まきまき」したところは、写真の二人だけでは無理でした。他にもいろいろしてくださって、キッチリぴっちり、文字通り「威儀を整えて」法要を迎えられました。ありがとうございます。頼りになります。

計画から、準備、運営、その他、その他、……。
本当にありがとうございます。
そして、これからもよろしくお願いいたします。
posted by 妙法寺 at 16:39| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース

2018年08月12日

お盆ですね。

『盂蘭盆経』の内容に従えば施餓鬼供養はできないことになると思うのですが(直接あげると燃えてしまう。だから僧侶に供養するというワンクッションを挟むことになっているのだと思う)、でもやっている。この時期に施餓鬼供養をやるようになったゆるやかな発祥みたいなのって、どこかに資料でありませんか?
 
と書いた後でぐぐったらいちおう出て来ました。
 
「施餓鬼」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%BD%E9%A4%93%E9%AC%BC
 
Wikipediaなので全面的には信用できないけれど、でも「加持飲食陀羅尼」で加持しながらならやれるという別のお経の記述と『盂蘭盆経』が混同されてお盆の時期にやるようになったものらしい、とのこと。この説明そのものはそのまま受け容れてもよさそうな感じかな……。
※だからそのままやるということではないですよ。
 
ちなみに、浄土真宗では「供養」という言葉を使うときは「おもてなし」くらいの意味であることが多いです。夏の安居の時に「大衆供養」というのがありまして、これは「大衆」(安居では安居に参加してる僧侶たちのことをこう呼ぶ)に対していろんな企業が「供養」(安居に出て来て勉強してると疲れるでしょうからちょっと休んだら良いと思います、お茶を出して接待します、プレゼントもあるよ、的な)してくださる会です。「供養」が狭い意味でではなく広い意味で使われている。
 
……供養に関して言えば、「永代供養」というのは、真宗の場合、故人に対して直接的にはたらきかけていくことを指して言うことはありません。逆に、故人が阿弥陀仏の本願力によって故人であるにとどまらず往生即成仏してわたしを教化する「はたらき」になってくださっているという教え(経)が真宗です。この教えをわたしが今聞けているのは、祖先はじめいろんな方々がご苦労くださって伝えてきてくださったからだ、だからわたしも、この教えが今後も、永代にわたって受け継がれていきますように……、と願って阿弥陀さまに感謝する行事なり布施なり何なりをしていく、というものであることが多いです。
 
お盆は、いろんなものが合わさって、この時期に、いろんなことをゆっくり考えたり味わったりしていくための好機になっている、と、とらえています。科学・技術の発展したこの現代に、日本中でこんなに民族大移動みたいなことをして、生家その他に帰ったり移動したりして家族や近しい人と一緒に過ごしたりして、あるいは一人で、広く深く自分の来し方行く末をぼんやりと、あるいはしっかりと考える、考え始める。得も言われぬ何かの力や「はたらき」の中にわたしはあるんだなと思うことが出来る、そのためには、こんなに良い時期はないんじゃないかと思います。
 
と、たまにはお坊さんのようなことも書いてみます。
posted by 妙法寺 at 08:53| Comment(0) | TrackBack(0) | ご法話